世界最大の戦艦「大和」。その砲身を加工した大型旋盤は、
株式会社きしろの播磨工場で現役として活躍を続け、
2022年に大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)へ寄贈されます。
大型旋盤15299機[写真提供:大和ミュージアム]
1938年、ドイツ・ドルトムント市のワグナー社から輸入された巨大旋盤「15299機」。呉海軍
戦艦大和を建造した頃の15299機の躯体は幅5メートル、高さ5メートル、重さ約219トン。鋼材などの被切削物を取り付ける「面盤」の直径3.2メートル。長身の工作物も加工できるように全長は長さ40メートルにも及びました。当時の購入代金は約45万円。現在の価値に換算すると数億円ともいわれています。
終戦当時、呉海軍工廠・砲身工場にはワグナー社製の旋盤が2台あったといわれています。GHQの指導により1台は破壊されましたが、もう1台の15299機は奇跡的に終戦の難を逃れ、1953年に神戸製鋼所・高砂工場(現在の高砂製作所)に払い下げられました。
その頃の日本は、まさに造船の「黄金時代」。神戸製鋼所にも次々と注文が舞い込み、新たな使命を受けた15299機は、休みなく大型タンカー用のクランクシャフトを削り出していました。
1991年、最新機の導入によって神戸製鋼所での役目を終えた15299機。その電源を落とすとき、神主を呼んで神事が執り行われました。機械の引退に榊を振るというのは同社でも前代未聞のことだったといいます。神戸製鋼所のなかでも、それだけ神聖で特別な機械であり若い社員は触れることさえ許されない存在でした。そして引退式から数年の間、神戸製鋼所・高砂製作所の倉庫のなかで15299機は、ひと時の眠りにつくのです。
神戸製鋼所から船舶用品の切削加工を請け負う、株式会社きしろ(当社グループ)の播磨工場長が倉庫に眠る15299機に目を向けました。「まだまだ現役で稼働でき、技術の継承にも役立つはずだ」
1996年、きしろ播磨工場に搬送されその電源を入れた瞬間、巨大旋盤はうなりを上げてモーターを動かし新たな目覚めの時を迎えました。それは、約5年も倉庫に眠っていたことがまるで嘘のような出来事でした。きしろ播磨工場では、おもに大型船舶用プロペラ軸の加工機として大いに活躍しました。
2013年、きしろ播磨工場でも最新機の導入によって15299機はその使命を果たし遊休機械として工場内に保管されました。ただ、この歴史的価値の高い巨大旋盤をこのまま処分するには忍びなく、オープン当初から高い関心を寄せていた「大和ミュージアム」への寄贈を申し入れます。
一方、年間約100万人の来場者数を誇る大和ミュージアムは新型コロナウイルス感染症の影響を受けて来館者数は4分の1の25万人に激減。さらに感染対策費がかさみ、15299機のある、きしろ播磨工場(兵庫県播磨町)から大和ミュージアムへの輸送設置にかかる財源の確保ができないという問題に直面したのです。
その打開策は、クラウドファンディング。2021年8月3日に応募を始めた、まさにその初日。わずか1日で集まった額はなんと、1億円。ふるさと納税型のため呉市以外に住む人からの寄付が多く、年齢層は20代~40代が中心で海外からの問い合わせもあったといいます。その後、集まった寄付総額は269,480,000 円(募集終了時)。戦艦大和を応援する寄付者6,626 名の熱い想いが、財政難の問題を解決に導いたのです。なお、15299機の除幕式は2022年4月23日に予定されています。
戦艦大和の建造は戦後の造船業界を発展させ、工業技術レベルを一気に押し上げ、現在の「工業日本」の基礎技術の構築に繋がったと同時に、その一躍を担ったのが、この15299機であると私たちは信じています。15299機が大和ミュージアムに末永く展示され、戦艦大和の建造技術を戦後まで伝えた「語り部の象徴」として、新たな使命を全うしてくれることを、きしろグループは願っています。